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会社名:株式会社テクトセンス

所在地:〒135-0051 東京都江東区枝川2-18-16 ベルタワーアネックス703

email: amino[at]tektosense.co.jp

株式会社設立:2005年7月23日
資本金:1,000万円
代表取締役:網野義彦
事業内容:印刷物制作業、WEB制作業、映像制作業、その他インターネット事業
取引銀行:三井住友銀行 みずほ銀行

代表_網野義彦(Amino Yoshihiko)
1965年6月27日兵庫県伊丹市生まれ。男。趣味は釣り(ルアー)。
高校卒業+1年浪人まで関西、名古屋、東京のあちこちで過ごす。

1985年上智大学文学部仏文科入学。フランス語、フランス政治文化などについてはろくに勉強もせず、いつしかグラフィックデザインに興味を持ちはじめ、どうせなら海外でデザインの勉強をしたいと思い始める。大学3,4年時は資金を貯めるためのバイトとデッサン教室通いばかりしていて他の事があまり記憶にない。しかし自慢じゃないが絵はめちゃくちゃ下手。小中学校の美術の時間は楽しくはなかった。アートやデザインで自己表現とか全く興味なし。売上が上ったとか人がたくさん集まったとか言ってくれた方がうれしい。

1989年卒業後、イタリア フィレンツェのS.A.C.Iに入学。1年間グラフィックデザイン、映像、リトグラフなど学ぶ。イタリアだけどアメリカの大学がフィレンツェに設立した分校みたいなところで授業は英語。いろんな国の学生が集まっていて面白かった。イタリア語は全くできない。英語が少しわかるようになった。

1991年帰国後、東京青山のFile Publicationsに入りエディトリアルデザインの現場でしごいてもらう。
このころ薄給ながらMac IIciとアドビイラストレーター、フォトショップ、クォークエクスプレスを自腹購入。5年60回払いで結局220万ほど掛かった。
作った下手なグラフィックデザインもどきを立花ハジメ氏や日本デザインセンターの偉い先生に見てもらったりしていた。

1992年、ビタミンスタジオにもぐりこむ。レコードジャケット制作中心の事務所。ラウドネス、角松敏生、伊藤たけし、矢沢永吉、ダイヤモンド☆ユカイやらのジャケットや海外アーティストのポスターだらけだった。僕が入ったころはもうLPジャケットの時代からCDに入っていて音楽の仕事も減っていた。そのかわりゲーム、雑誌カバー、パッケージといった仕事をさせてもらうようになった。イラストレーターの松下進氏とそのアーティストのみんなとの出会いもこの時代。ダビスタや冒険島などファミコン、スーファミのパッケージデザインを担当させていただいた。
長野オリンピックに絡んで、アイスホッケー連盟のCIリニューアルの仕事が当時のソニープロダクツからあった。このプレゼンで自分のロゴ案が採用された。後にあらゆるグッズに使用され選手のユニフォームにも刺繍されてオリンピック出場。
他に広末涼子さんなどの写真集もレイアウトさせてもらったりとグラフィックデザインが楽しくてしょうがなかった時代。
いくつかCDジャケットも担当させてもらった。

1996年、ビタミンスタジオの社長がデザインを辞めて他の仕事をすると言い出し、解散。担当していたお仕事をもらって仕方なく独立。31歳だった。ダメだったらまたどっかの事務所に入ればいいくらいの気持ちで2年ほどフリーで仕事させていただいた。

1998年、まさかの有限会社テクトセンス設立。
エンターテインメント系の仕事ばかりではなく、あらゆる業種の印刷物制作へと守備範囲が広がった。

2000年頃、台湾のレコード会社から喜多嶋修氏のジャケットデザインのお仕事をいただいた。英語でメールとファックスのやりとりで結局3年で5枚ほどやらせてもらった。このときホントに自由にやっていいと言われることがどんなにキツい依頼かを実感。
世の流れは徐々にwebの時代に。コーディングが出来るわけではなかったのでウェブ制作の依頼は断っていたけど、そうも言ってられないと思うようになりやってみる。でも技術がどんどん進化していくので生半可なことでは対処出来ないと実感。

2005年、ウェブに明るいデザイナーに声をかけ、株式会社テクトセンス設立。
ウェブ制作の割合がグラフィックを上回るようになっていく。またこのころパソコンでも映像編集ができるようになって来てDVD作りますと売り込む。出版社や医療機関でハウツーもの、プロモーション用DVD制作を受注。釣りの分野でプロ釣り師のDVDを制作し販売も手掛ける。自分らで制作して売ることに興味を持ち、やがて釣り具メーカー(ルアー釣り)設立に奔走し始める。

2007年、ルアーメーカー株式会社スプリーモを共同設立する。2足のわらじを履くことに。しかし二兎追う者は一兎をも得ず、とも言う。
実際にモノを作って自分らで売るという仕事をやってみて、カタログやパンフレットを作る時に社長さんが細かいところまで突きまくる気持ちがよーく理解できた。ホントにひとつでも多く売りたいと思う気持ちは切実なのだ。

ずっと休みなしでやってもなかなか売れない。読んだビジネス書はどれも役に立たない(笑)し、自分が何のために何をやってるのかわからなくなると、色んなことがうまく行かなくなる。さすがに限界を知り2010年に周囲の方々に迷惑をかけつつ釣り具メーカーを辞する事に。

その後デザインやwebコーディングの勉強をし直しつつ、ゆっくりデザインの仕事をしていた2011年、あるコンペのお話をいただく。久しぶりにアタマも体もフル回転させプレゼンに挑み、採用される。
売るために、たくさんの人に知ってもらうために、印刷・ウェブ・映像を適材適所生かせるディレクター・デザイナーとして、役に立つ提案ができれば、と思う。

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