アップルWWDCとおばあちゃんと透明性錯覚の話

本日東京地方、ようやく梅雨らしい空模様で雨も降ったり止んだりしております。南の海上には台風3号も発生してその影響もあって逆に降り過ぎて災害を招く恐れも指摘されてまして、なかなかちょうどいい塩梅には働いてくれない感じです。

昨夜は疲れて早く寝てしまい、目が覚めたら午前2時だったのでアップルのWWDCを見ておりました。
wwdc
兼ねてより6月以降でパソコンががらっと変わるから買い替えるのは待ってた方がいいという話がウェブ上のみならず出回ってまして、iMacやMBPの新製品も出て来るんかなと思ってましたが、それはなし。まぁ技術者向けの発表だからそんなところか。MacProというハイエンドのもの進化して出て来るようです。かつてはパソコンは常に新しい処理速度の速いものを購入することが正しかったのですが、今や自分の仕事の範囲で良ければ、どの機種でも大抵問題ない時代となりました。あえて増設するならメモリかなぁ。メモリとお金はいくらあっても邪魔にならない。

自分にとっては今回の発表で特にすぐに必要となるものはなかったけど、iOS7のiPhoneはいいなと思った。現在4なのだけど今のOSで5にしてもなんかかえって使い勝手がワルくなる予感があるので4のままで過ごしておりますが、リリースされたら5にしよかと持っております。男の割に手が小さい自分ですが、長くなった分、最初は操作に困るんだろーなー。右上角っこなんて持ってる左手の親指届きっこない。今でもムリあるし。発表を見ていて、おーそれは便利そうとか、よくそういうところ気づくなぁとか思いながら見ておりました。で、終って4時にはまた寝てしまいました。

朝起きて、あまちゃん見てからウチを出て、改札ヨコの券売機売り場でおばあちゃんが何か迷いながら切符を買っているのを横目に通り過ぎたのですが、以前そんな状況で迷っているおばあちゃんに尋ねられて、とりあえずこうしたらいいよとアドバイスしてなんとかなったことを思い出したのだけど、このアドバイスの仕方ってホント自分の常識とか思い込みによって遠回りしたりや場合によっては間違った方向へと導くことになるという話です。

こんな感じの券売機前での話。
駅の券売機

普通、電車に乗るには切符を買いますが、切符の他に定期券やSUICAやpasmoなんかを持ってれば改札通れます。でも僕の前で切符を買おうとしているおばあちゃんはこの駅は初めてなのだろうか、どうも買い方がうまく飲み込めないようでしばらく迷ったあげく後のオイラに助けを求めたわけです。この段階で『切符の買い方がわからないおばあちゃん』というイメージが自分に出来上がっていて、それに対処する方法を教えたら問題ないと思い込んでしまっていたわけです。

「どこまで行きたいのですか?」
「○○まで」
「だったら260円入れてここ押せばいいですよ」
「はい、わかりました」
とお金ではなく、pasmoを入れようとするぢゃあーりませんか!

自分はpasmoで切符を買ったことがなかったので、一瞬なんのことかと思って間が空いたのですが、あ、pasmoで切符買えるんだと思って一瞬ポカンとしていたんだと思う。(実は今でもpasmoで切符買えるかどうかわからないのですが…)で、ハッとしてpasmo持ってるんだったら切符買わないで改札でタッチして入ればいい、そのためのものなんだから!ということに気づきまして慌ててヨコから取り消しボタンを、有無を言わせず押してやりましたぜ!

「このカードで切符買えると言われたんだけどねぇ」
ということなのですが、あ〜どうして本来の使い方を教えてもらえず、pasmoで切符を買う(今ググって買えること知りました)ように教えられてしまってたんだろか…。

ま、でもそのままpasmoで切符買って電車に乗るという動作になんら問題あるわけではないので、取り消しなどせずそのまま切符をお買い上げいただき、それでは〜でもよかったんである。でも、やはりそもそもpasmoやSUICAを持つメリットはわざわざ券売機で切符買わなくてもスッと改札通過して降りたい駅で降りてまた改札スッと通れば済むという基本のぎゃくを行く利用の仕方になんか許せんものを感じて、慌ててヨコから取り消しボタン!の狼藉に及んだものと思われます。

まぁこんな場面で常に先回りして考えて対処して差し上げる気配りをしながら生きているわけではないのですが、もし仮に最初にpasmo持ってませんか?と聞くことができれば、切符買わなくてもこれを改札でタッチすれば入れるし、出る時にタッチすれば出られますよと説明してその場は終わりだったわけです。でもま、そんな予測できるか!

先日読んだ『言語の社会心理学』という中公新書に『透明性錯覚』というのが書かれていました。
透明性錯覚とは…

自分の感じていることや考えていることなどが、実際以上に相手にわかっている、と推測する錯覚である。

ということなのですが、切符を買うならお金を使うだろうと思っていたし、pasmoを持っているなら切符買う必要がないなど当たり前とも思っていたけど、pasmoで切符が買えることを知らなかった自分はpasmoで切符を買おうとした行動に驚き、有無を言わせずその行為を遮った…などなど、透明性錯覚と無知により数分、券売機前で混乱を招いたというお話でした。なんのこっちゃ…。

でも、クライアントとの打合せで大なり小なり似たようなシチュエーション、思い当たるのです。
「それならそーと早く言ってちょーだいっ!」
ということ、たまにあるのですが、ケータイでメール打つときみたいに素早く多様な予測変換機能がもうチト、アタマに備わっていればあの混乱はなかったなぁと思うわけでした。

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